[墓場鬼太郎] 第5話「ニセ鬼太郎」

| 2008.02.14 (Thu) 12:20 AM | [アニメ, [墓場鬼太郎] | ←前■TOP■次→ |

第5話 『ニセ鬼太郎』

「ほうっておけ 男なら一人で乗り越えなきゃならんこともある」(目玉親父)


 

 

 

 

生命讃歌は魂の讃歌。生死を超越した成長物語がここにあったよ。

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第5話 『ニセ鬼太郎』


 

今回のお話は、前回の続き、寝子ちゃん亡き世界です。「忌中」の貼紙が死という現実をリアルに演出。何これ、超悲しい。でも、案の定地獄に寝子ちゃんの魂を探しに行き連れ帰るという展開になるわけですが、これは墓場鬼太郎、そんな真っ当にはいきません。細かいところでもスッキリさせてくれないアニメですが、後味もスッキリはさせてくれない。でも、何かがしっかりと残る。今回のエピソードは、まさにそんなお話。
 
葬儀というイベントが悲しい
 
作りも秀逸で、ニセ鬼太郎とねずみ男視点のザッピングストーリーも良くできていました。そもそもの細かな動機の解説は殆どないのだけど、どういった理由で動いていたのかは解明されたし。理由のひとつひとつは突飛過ぎて感情移入はできないのだけど、「やらねばならないからやったのだ」という有無を言わさない流れとリズムがあるので、ついついこちらも取り込まれてしまいます。中のキャラクタもそんな勢いに翻弄されてる節があるくらいだから(特にニセ鬼太郎)、見てるこちら側が流されないでいるのは至難の業なのだぜ。

親子漫談と地獄への旅立ち

葬儀のあと、フィアンセの死を嘆く鬼太郎。こいつ、勝手にフィアンセにしてたのか…僕の嫁を。そんな鬼太郎を「お前の顔じゃ無理だ」と切って捨てる親父どの。鬼太郎とともに、ほっとけ!男はハートだっつーの!と思ったのは秘密です。幽霊族も容姿が重要なのか…。親父どのには死んだ奥方の容姿についてその辺聞きたかったのですがまあそれは置いておいて、悲しみのあまり後追い自殺を図る鬼太郎がいました。そんな鬼太郎を、地獄へ行って寝子ちゃんの魂を連れ帰ってこればいいと親父どのは軽いノリ。しかし、キーアイテム・ちゃんちゃんこに目をやって態度一変ですよ。一瞬、バックベアード様かと思った。
 
このロリコンどもめ!
 
目とかすごく充血してた。ご先祖様の超レアアイテム・霊毛ちゃんちゃんこがニセ物である事に気づきうろたえ悲しむ親父。この事態に鬼太郎がまた「模様がズレたかなあ」とか軽いボケをかますもんだから、親父どのもキレますよ。「も・よ・う・が・ズ・レ・た・か・なぁ~?」と激怒のリアクションを見せた後、ご先祖様への申し訳なさに今度は親父どのが投身自殺を図ります。しかもヤカン。親父どの、溺れるんだ…。
 
吾輩は猫であるの猫も水瓶で死ぬくらいだからな
 
ひとしきり死にかけた後、親父どのは自ら地獄へ行って探してくる事を決意。一緒に行こうとする鬼太郎をタダの子供呼ばわりするイヤミを忘れず親父どのは地獄へ旅立ちます。親父どのにとっては地獄なんて角のタバコ屋へ行くようなもんです。親父どのがちゃんちゃんこ無しでも地獄を歩ける理由は不明なのですけど、そこは盛大にスルー。ツッコんじゃあいけないのです。そうやって親父どのは地獄へと旅立って行きました。途中、車に轢かれましたけど。親父どのにとっては、角のタバコ屋へ行く方が危険でした。
 
それにしても丈夫だ…やっぱり柔らかい事はダイヤモンドよりも砕けないって事なんだな。

ねずみ男とニセ鬼太郎の事情

方や捕食者猫娘への対策、方や自分と似てる鬼太郎がよろしくやってるのが気にくわないという理由で結託したねずみ男とニセ鬼太郎の二人でしたが、彼らは彼らで大変だった模様です。まず、自分たちがスターダムにのし上がるためにちゃんちゃんこを奪う計画を考案。それを「やればできる子」ニセ鬼太郎が敢行します。そのお手並みは見事という他なく、事前になって実行役が回ってきたとは思えないほどの手際と思い切りの良さ。「いっちょ上がり!」というセリフに全米がシビれた。やればできる子・ニセ鬼太郎、本家よりスゴい。
 
盗ってきたちゃんちゃんこを物的証拠に地獄の存在(未知の世界)を証明してスターダムにのし上がろうとしますが、「これじゃあよくわからん、地獄の砂をバケツ一杯取ってきてテレビで発表したら信じるよ」、という展開に。この砂という設定は、時代的に「月の石」が大衆の注目を浴びていたからなのでしょうか。よく知らないけども。そんな感じでねずみ男と学者、TV局とでサクサクと話が進んでいく中、そのぶっとび展開についていけないのがニセ鬼太郎ですよ。あの時のニセ鬼太郎は視聴者の気持ちの代弁でしたね。当の学者さんたちがノリノリなのが水木クオリティ。というわけで地獄の砂を取りに行くため、ニセ鬼太郎は寝子ちゃんと心中する事になりました。何で?!
 
ニセ鬼太郎も同じ反応をするわけですが、ここからねずみ男のターンです。その饒舌たる口上の説得力は素晴らしく、なんかもうやらない方がおかしいみたいな雰囲気に。「成功者たるもの、必ず大冒険はしてるもんだ」はなんかパワーがあった。そして命を賭ける覚悟を決めるニセ鬼太郎。正直、ターゲットが猫娘というのはねずみ男の事情(地獄へ旅立つ魂に捕まっていきたいだけなので、別に殺すのは誰でもよい。)なんだけど、そこには一切突っ込まないあたりが狂気の世界だったり。一応、寝子ちゃんが生きることに絶望してるような描写はあるのだけど、それじゃ弱いよなー。
 
以上がニセ鬼太郎がバケツを持って寝子ちゃんの元を訪れ、心中を図った理由でした。いろいろと突っ込みどころ満載なのだけど、「気にするな」という暗示をかけるかのごとくさっさと進む本編には敵わないのでした。

もう大抵の事には動じなくなった水木さん

テレビ番組で鬼太郎が地獄に砂を取りに行っている事を、おつかいの帰りに知る水木さん。リンゴかじりながら「鬼太郎が地獄に?」とか言っちゃって、まるで動じてない。「そりゃ行くよ、鬼太郎だもん」みたいな反応です。いや、確かにそうかもしれないけど、テレビでそんなことを言ってる事に突っ込めよ!随分と大きくなったなぁ、水木さんも。

CMの入れ方

この頃の放送は全て生放送だったのでしょうか。よくわからないけど、CMの入れ方も横にパンするという、天気予報とかテレビショッピング方式。ちょっとした事にも時代考証をしてこだわりを入れているところが素晴らしいですね。

ねずみ男の最臭兵器

ねずみ男の最臭兵器は、電波とブラウン管を通じて視聴者側にも効果を発揮する事が判明!なんたる恐ろしい事実なのだ。サイバーテロどころの騒ぎじゃねえぜ。これはちょっとしたNBC兵器ですよ?
 

 
それとは別だけど、このやりとりも面白かった。
 
ねずみ男:「私はこの三ヵ月、便秘で苦しんできた。それが皮肉にもこのゴールデンタイムに生理的な黄金をもよおしてきたのよ~」
 
TVクルーA:「ええっ?!」
TVクルーB:「なんと下品な…」
TVクルーC:「まさか実弾を?!」
 
ただで臭い男の三ヵ月分とかそういう問題ではなく、テレビで脱糞という事態は問題にはならないのかと。

過剰に反応してしまうのは病気ですか?

目玉親父の「絶望だねッ!」とか、ねずみ男の「肛門に針を突き刺される思いだ」とか、なんだかジョジョネタぽいなと連想してしまうのはもはや病気ですか?いいえ、ケフィアです。

原作通りだとすると、荒木先生が墓場を読んで頭の片隅に残ってたのかもしれないですねー。判断は難しいところだけど、読んでてもちっともおかしくない。

ニセ鬼太郎はホントにできる子

単独で地獄送りになったのに、ちゃんちゃんこを取り返しに来た目玉のおやじに取り入るフリをして出口を捜索するあたり、ただもんじゃねー!

初めて気づく、ニセ鬼太郎

振り返りの門で目玉親父は言いました。
目玉親父:「この門をくぐる時、亡者たちは朝露の如く消えゆく生涯を振り返り、初めて気づくのだ。人間はどうあるべきかをな。」
 
南方への従軍経験のある水木御大の背景を鑑みれば、グレートにヘヴィなお言葉です。本編では、この言葉の意味をよく理解してなかったニセ鬼太郎でしたが、猫娘が地獄で住んでいる家屋を前にして初めて己のした事を認識し、そして恐怖のあまり逃げ出すのです。最初は仕返しを怖れてのものでしたが、地獄という終わりがない世界で永遠に罪悪感から逃げなくてはいけない事を知り愕然とします。責められるにしても、罪悪感に駆られるにしても、それが永遠のものである事が地獄の怖ろしさなのかもしれません。

猫娘の慈愛に触れて改心するニセ鬼太郎

そんなニセ鬼太郎を前に、猫娘は責めるわけでもなく、ただ、許すのです。自分が今更戻っても恥ずかしい人生を送る事になるだけとか、ニセ鬼太郎の将来を案じていたのは建前のようなものですよ(きっと)。一度死んだ身だからこそ、得た価値感があったのだと思います。年齢とか経験とか関係ない。いや、一度死んだ経験というものは何物にも勝るという事でしょうか。あるべきを受け入れ、猫娘としての本質を隠すことなく地獄で生きていく決心をしていた猫娘。ニセ鬼太郎は永遠に続くかもしれないと思われた恐怖から救ってくれた猫娘を前に誰憚ることなく号泣し改心します。このあたりは、宗教というか哲学というか、受け手次第でいろいろな感じ方があると思うところですね。スゴいなぁ、墓場鬼太郎。
 

子供からの脱皮

改心して出家したニセ鬼太郎からちゃんちゃんこを返してもらうや否や、猫娘の答えが信じられず地獄へ自ら赴く鬼太郎。戸を叩き泣きながら叫ぶ鬼太郎と、中で静かに涙を流す寝子。このシーンがヤバい。猫娘は白い魂の形なんですが、ここでは時折寝子ちゃんの姿に戻るんですよ。これは、連れ戻しにきた鬼太郎に寝子ちゃんの心が揺れているという描写なんだと思うんですよね。固めた決心だったのだけど、いざ鬼太郎が来ると揺らいでしまう。でも、戸は開けない。せ、切ねえ…!!大人の純愛ストーリーだよこれ。
 
 

 
 

 

 
戸を叩きながら泣きじゃくっていた鬼太郎。鬼太郎はダメな奴だなあと思ったのも束の間、こちらも反応のない中から真意を的確に悟り、一皮剥けるのです。
 
 
「寝子さん、僕も幽霊族として、胸を張って生きていきます」
 
寝子ちゃんと呼んでいたのに、ここでは寝子さんに戻ってる。これは区切りがついたというよりは、大人になったという事なのかもしれませんね。カッコええ。思えば、ヤケになって結婚式の話をするカップルのスカートめくって天誅!とか言ったり、駄々っ子のように感情的になっていたのは、子供っぽい行動の演出の一環だったのかもしれない。
 
寝子ちゃんと鬼太郎はそんなにラブラブだったのかって所で引っかかる方もいるかもしれませんが、そのあたりの繋がりは、ステージ出演前に手を握り合う二人の描写で済まされているんだと思います。鬼太郎じゃないけど、握り返されるとこみ上げるものがあるよね!
 
 
気持ちが通じ合った気がするのです。

Snow Tears
【Snow Tears】
作詞:lpack market、中川翔子 作曲:鈴木大輔


あなたがくれた夢の続き 色づいてく世界
言葉なくても ただ隣で感じられた奇跡

いつまでもその先の未来を分け合えると思った

降りしきる雪の中に さよならが積もってゆく
何もかもわからなくて 泣きたくなくて
でもどこかで祈ってる この声が届くように

すれ違う日も会えない日も 強くいられるように
小さくついたどんな嘘も気付いてくれたよね

いつまでもその先の未来を 二人で見てたかった

降りしきる雪の中に さよならが積もってゆく
何もかも届かなくて 逃げ出せなくて
ただ立ち尽くして泣いた 声が枯れるほど泣いた

この世界は回り続けるのに
あなたがいない景色は
うつろいてゆく 色褪せてゆく

降りしきる雪の中に 消えてゆく後姿
残された私だけが動けずにいた
まだどこかで祈ってる この声が届くように

 
流れるようにエンディングテーマ。このために作られた歌詞かよと思えるほどのシンクロ率ですよ。泣ける。なんかもう、最終回でいいんじゃあないか、そんな気さえしましたよ。
『墓場鬼太郎 第5話 ニセ鬼太郎』
原作
水木しげる
シリーズディレクター
地岡公俊
シリーズ構成
成田良美
脚本
高橋郁子
キャラクターデザイン・総作画監督
山室直儀
演出
羽田野浩平
地岡公俊
作画監督
橋本敬史
窪 秀巳
美術監督
北村芳子
音楽
和田 薫
CV
[鬼太郎] 野沢雅子
[目玉親父] 田の中勇
[ねずみ男] 大塚周夫
[水木] 大川 透
[ニセ鬼太郎] 伊倉一恵
[寝子] 中川翔子
アニメーション制作
東映アニメーション
製作
水木プロダクション・墓場鬼太郎製作委員会
公式サイト
墓場鬼太郎

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