5.天国への階段 メイド・イン・東海中学高等学校 Part1
「らせん階段」…!「カブト虫」!「廃墟の街」!「イチジクのタルト」!
「カブト虫」!……『ドロローサへの道』!『カブト虫:』!
「特異点」!「ジョット」!「天使」!
『紫陽花』!『カブト虫』!『特異点』! 「秘密の皇帝」!!
とうとう彼の地へ足を踏み入れた僕ら。座席指定券の番号を手に指定された経緯度(の席)へ向かう。事前に表から読み取れた情報は、前から5番目だけど端っこの方、というものでしたが、実際に行ってみると丁度正面に講壇が…!ま、まさかあそこで荒木先生がお話をされるのか!
これは近いッ。その距離およそ10m。近距離パワー型でなければ十分に届く射程距離ッ!今から胸が高鳴るぜェー!
プロジェクターにジョジョの奇妙な冒険1巻の映像が映し出される中、最初の15分は進行役の生徒さんによる、荒木先生プロフィールのご紹介。サタプロ掲示板にて問い合わせがあった視聴覚障害を持つ方への対応として、手話での同時通訳やPC要約筆記をボランティアグループに依頼するなど、往々にして至れり尽くせりのサポートぶりを裏付けるかのように、中学生とは思えない滑らかな司会進行で前座を完遂。そして大歓声の中、マイクは荒木先生に渡されたのでした!
さあ!全神経を集中させろッ!
聴講しろというのは…見るんじゃあなく観ることだ…聞くんじゃあなく聴くことだ…
でないと………これから後悔することになるぜ……
わたしが講演を引き受けた理由
異様な盛り上がりを見せる会場。心の中の叫びはまさにサンディエゴ・ニューヨーク!(←違)。しかし荒木先生の言葉を待ち静まる会場。「はじめまして、荒木飛呂彦です」の挨拶と共に緊張の面持ちの荒木先生。「カナリ緊張してます」「(たくさんの人に会って)カナリちょっとヤバいです」のぶっちゃけトークから「ダラダラいきます」宣言で一気に場はなごやかムードに。芸能人じゃないんでネタとか期待しないでくださいって仰ってましたが、十分笑い取れてますよ荒木先生~!
【漫画家生活25周年】
「昔読んでましたよ~!」「子供の頃ファンでした!」 というようなことを10年くらい前から言われるようになったという荒木先生。そのときはそう言われるのがチョット嫌だったそうです。どうしてかというと、「年とったんじゃないか」とか、「古いと思われているんじゃないか」という恐怖観念があったのだと言う。しかし、この5年くらいでそれが変わってきた、むしろ嬉しい、感謝するように心が変わってきたのだそうです。
若い頃は自分のためや出版社の利益のためにマンガを描いていたのだけど、それがちょっと違うかな、というか。立派なこと言うようだけど、人に恩返しをしたいじゃないけど、若い人に特に、と思っていたタイミングでこの話が舞い込んできて(というか、編集部的にはカネにならないので、山積みデスクに埋もれていたようにカルイ扱いだったらしいw)、(どうせ30人とか40人くらいの教室でやるんでしょ?)「おっ、いいっすよ」って言ったことが、今回このような講演が実現したキッカケだったそうな。実際来てみたら、大事になっていて、「話が何かちょっと違うな~」なんてことを言いつつも、集まった生徒やファンに感謝の意を表されておられました。
私は何故マンガを描くのか
【少年時代と家族関係】
『マンガっていうのはどうして描くのだろうか、絵っていうのはどうして描くんだろうか。』
「子供の頃からマンガとか好きだったんですか?」「子供の頃から漫画家になりたかったんですか?」というのが、荒木先生の質問事項ナンバーワンベスト(?)だそうです。
「自分が何故マンガを描いているのかは正直20歳くらいの時にはあまりよくわからなかったのですけど、30歳くらいになってちょっとわかってきたかな、と。それには家族関係というのがあって、そこから始まっているんじゃないかな、と。」
これに続くのはJOJO-A GO!GO!DISC3やその他のインタビューでも度々仰られている、一卵性双生児の二人の妹のお話。この心の通じ合った二人の陰謀は毎日のように繰り広げられ、幼き日の荒木先生は、時におやつがないと思い古いかまぼこの切れッ端を食べ(実際はおやつはあって、妹たちの陰謀によって闇に葬られていた)、またあるときはどっちかを味方につけようとしたが失敗に終わっていた(ジョジョアゴDISC3抜粋)そうです。荒木先生は別におやつが食べたいわけじゃなく、その企てられた陰謀がとても嫌だったそう。毎日のように続く陰謀に深く傷ついて、荒木先生はマジで家に帰りたくなかったそうです(笑)。
ちょうどこの頃がマンガルネッサンスと呼ばれる1970年代。手塚治虫先生や梶原一騎先生の「巨人の星」などにスゴク惹きつけられ、部屋で一人で読むことが出来るマンガに夢中になったそうです。やがてそれは「描いてみよう」という衝動に変わり、家には親が集めた画集や百科事典といった資料もあったおかげで、マンガを描くという楽しみを体験し、それは家に帰る理由になったとのこと。それはひとりのさびしさを癒してくれる『心の救い』であったと、荒木先生は仰っておられました。
ついでに、「マンガがなかったら、あのままグレて妹とか殺してたか・も…」なんてことも冗談交じりに仰ってました。ジョジョアゴでは、「もし妹と仲が良かったら、多分、わたしは大学行って就職してたかもしれない」って仰られているので、妹さんたちから受けた影響は計り知れないものがあるようですね(笑)
註)荒木先生のご家族はとても仲がよいそうです。別にマジで確執があったわけではなく、当時の荒木先生の心の葛藤の面でのお話です。
【デビューまでの道のりと小学館にビビッたあの日】
■漫画家になるキッカケと背景
中学・高校はエスカレーター式の進学校に行っていたという荒木先生。漫画家になろうと思ったキッカケは、荒木先生の描く絵を褒めてくれたファン第一号ともいうべく友人の存在が大きく関与していて、彼が褒めてくれたから荒木先生もその気になり、また彼が面白いと言ってくれるなら漫画家になりたいなあと思うようになったそうです。しかし進学校だったため、親にはそのことは内緒だったそうな。
隠れてマンガを描き、投稿もするようになった高校時代。親に納得させるにはデビューして結果を出す事が必要不可欠と考え、漫画家を目指す荒木先生。幾度も挑戦するも落選続きで、その原因を突き止めるべく、仙台から東京まで片道4時間かかろうとも乗り込むことに。しかしお金がないので貯金に勤しむ毎日。折りしも時期は受験が控え、親からの見えない圧力と、同世代でゆでたまご先生や北条司先生、こせきこうじ先生、年下の桂正和先生(あと一人仰ってましたが失念)といったが方々が怒涛のデビュー、そして連載をする背景の中、ならなきゃいけないというあせりだけが募っていったそうです。
そうするうちにお金もたまったので、31Pの短編を携えていざ東京へ乗り込んだ荒木先生。その運命や如何に!?
■引力が作用!?少年ジャンプ誌でデビュー
仙台から片道4時間かけて着いた東京。荒木先生は、当初少年サンデーに持ち込むつもりだったのですが、小学館のビルの大きさにちょっとビビってしまい、当時まだ小さな出版社だった隣の集英社の門を叩いたそうです。昼頃の出版社は人があまりおらず閑散としている上に、アポを取っていなかった荒木先生ですが、運良く新人の編集者が一人いたのでその人に見てもらう事に。原稿を渡して見始めるなり、「ホワイトが洩れてるじゃないの(インクの消し忘れ)」とダメ出しを喰らい、その後も1ページごとに文句を言われる高校生の荒木先生。この時の心境を、荒木先生の言葉そのままを記述します。
「徹夜で疲れてるし、仙台から来てて、なんかちょっとヘトヘトで、なんかねフラフラしてきて、頭が。それでもう、1ページめくる度になんか言ってくんの。『コレ、ちっと何か、アレだなー』とか。そしたらなんか眠くなってきて。気を失いそうになるんですよ」
しかし読み終わると、『うーん、うーん……………ちょっと、面白かったかな』と褒められて、5日後に迫っていた手塚賞の締め切りまでに指摘された箇所を直してくる事になった荒木先生。その作品こそが、準入選に入り、荒木先生のデビュー作となる『武装ポーカー』(短編集ゴージャス☆アイリン収録)。30数ページの作品ですが、描き直しを合わせると80ページくらい描いた作品だそうです。短編集のあとがきで荒木先生は、全部で100ページくらいをとにかく描き、それを31Pページまでもう一回描き、ネリ直して編集部へ持っていったと語っています。とにかく編集者をラストページまで”読ませたい”、途中でページをめくるのをやめて見捨てないでください…と願って描いた作品だそうです。
そういえば、この編集者との出会いと受けた影響については、以前に巻帯コメント(ストーンオーシャン16巻)で書いておられました。
マンガ編集者は普通、お昼すぎから出勤する。20数年前、ぼくが原稿を集英社に持ち込んだのは午前中だった。だが、たまたまひとりだけ出勤していてその人に原稿を見てもらった。彼は『ジョジョ』の初代編集者であり、彼の意見と影響は、あまりにも大きい。午後に行ってれば、きっと違う編集者で、その人の影響を受け、違う作品になっただろう。
「運命」は偶然ではなく理由がある。『ジョジョ』の中では、この考え方をとる。科学的には証明できないかもしれないが感覚がそうだと言っているのだから。
ううむ、まさに集英社の少年ジャンプに掲載されたのも、『ジョジョ』という作品が今の形になったのも、運命という引力に引かれ、なるべくしてなったという感じがしました。「ミケランジェロは彫刻を彫る時、着想を持たず、石自体が持つ彫るべき形を取り出してやるだけだ」、というエピソードがありましたが、『ジョジョ』もまた、「運命」に定められて生まれたものなのかもしれません!
余談ですが、当時のジャンプ編集部はものすげく恐く、あのドラゴンボールの鳥山先生も表紙の絵だけでダメ出しされ描き直しを喰らっていたそうです。表紙から「人が見たい」と思わせる絵を描かなくてはダメなんだとか。それを週間連載で求められるとは、イヤハヤ厳しい世界です。
漫画家になりたくない人のための漫画の描き方講座
【もっと個性を】
電車内とかで10メートルくらい離れた距離で少年ジャンプを読んでいる人を見たときに、その人が何を読んでいるのか分かってしまう。そんなマンガ・絵は、実はスゴイ事で、強い個性を持っているという事。この当時、強い個性を放っていたのが、「リングにかけろ」「キャプテン翼」「Dr.スランプアラレちゃん」といった作品だったそう。荒木先生はとりあえずデビューさせてもらったけど、そういった個性をどうしたら持てるのかを模索していたそうです。
このことも、愛蔵版ゴージャス☆アイリンのあとがきにてこのように語られていました。
正直言って当時、自分の「絵柄」というものにイメージが、あまりなかった。プロのマンガ家はひと目見て、あっ!この作家だ!という特徴があり、でも自分はどうやって、そういう自分だけの特徴というものを出していいのか、さっぱりわからなかった。特徴を出そうとすると、「クセがあってヘタ」と言われるし、上手に描こうとすると「誰先生に似ている」と言われるし、どうすっかなあと、暗中模索って感じであった。「ピカソは何描いても、ひと目見たらピカソ」。だからスゴイのだ。
最近ですと、冨樫先生のマンガなんか遠くから見ても察することができますよね!妙になんか、アレでね!あれもひょっとして個性なのかッ!?
【シンプルがいい!この世の中で一番簡単な絵】
ここで荒木先生は手元の白紙をプロジェクタに映します。何か描くのか!?とどよめく会場。しかし「何か描くかと思った?」とフェイントをかける荒木先生w。おちゃめだなあ、荒木先生w。
この白紙で言いたかったことは、この白紙は普通絵としては認められないけど、漫画家の場合、状況や心情を表現するケースにおいて通用するという事でした。例えていうならば、「ピカ(原爆投下の瞬間)」の描写や、「(オレの心の中は)虚しい」という描写。マンガではこれで通用する、むしろ原稿料を貰ってる人もいる、とジョーク炸裂。「例えばあの…」とおもわずぶっちゃけられるのかと期待していたのですが、やはり固有名詞を出すのは憚られるようで、「固有名詞出すのはヤバイか(笑)」と控えておられました。真っ白なページというと、週刊誌掲載Verの『HUNTER×HUNTER』とか武井先生の『シャーマン・キング』が思い浮かびますが、荒木先生もその辺りのことを示唆していたのでしょうか(笑)。
その後は爆弾発言を避け、固有名詞は具体的内容は控えていくのかと思われた矢先、
「あと真っ黒に塗って、まぁ、『地獄に堕ちた』とかね。デスノートの最終回あたりがそんな感じ」
と、結局ぶっちゃけ炸裂。一度タメるところがまったくもってニクい!
続いて資料を投影。荒木先生が見た一番簡単な絵の参考として、バーネット・ニューマン氏のオレンジ色に塗っただけの絵や、黒い背景に白いラインを引いただけの絵(同じようなのに上下がある)、アグネス・マーチン氏の鉛筆でマス目を描いただけの絵などの現代絵画を紹介。これらは個性が認められ、芸術として認められているという。
これらのように、マンガにも結構究極に簡単なところに行く人たちもいる、というのです。
先ほどの白紙に点を描き入れる荒木先生。この状態では絵ではない。理由は誰でも描けるし、個性がないから。しかし、丸にしてちょいちょいと付け足すと…ミッキーマウスに(笑)。
「これだともうマンガですよね。こういう公共の場で出すと著作権とかうるさいんですが…怒られるんですけどw」
と冗談めかして言う荒木先生でしたが、これが究極であり、こういうのが欲しかったと言う。他にも究極なキャラクターとして、スマイリーやモリゾー&キッコロを紹介する荒木先生。簡単でありながら、誰が見てもひと目で理解できる、そんな強い個性を持ったキャラクターが究極であり、尊敬していると仰っておられました。
ちょっと荒木先生に、あのスプーをお見せしたくなったのは秘密です。
【古典絵画はパクリじゃない】
ピカソという画家はいろんな絵を描いているけど、強い個性があるからどんな絵でもピカソって分かる。そういうところに荒木先生は影響を受けていて、古典に強い関心があるとのこと。その、関心というか、影響を受けることについて、荒木先生はこんなことを仰っていました。
「死んだ人から真似るのはね、僕、パクリじゃないと思うんですよ。今仕事してる人から、こう、盗んでいくっていうか、影響を受けるのは僕はパクリだと思うんですけど、こういう古典を学ぶっていうか、先輩を尊敬するっていうか」
これはアレでしょうか、やっぱし大亜門先生の事を言っているのでしょうか、ひょっとしてッ!?w。この意見には「荒木先生自身が影響を受けている映画とかはどうなるんだ!?」という疑問も湧いてきますが、先生はパクリが悪いとは一言も言ってませんw。大亜門先生の事も快くご自宅に招いたそうですし、それはパクリ、それは学び、と分けているのかもしれませんが、善悪がどうとかを言っているわけじゃないのか・もw。
【まるで劇画!?ジョジョの絵のルーツ】
荒木先生はゴーギャンが子供の頃からスゴイ好きだったそう。どういうところが好きだったのかというと、奥行きがあるにも関わらず色を色面(エリア)に囲んで塗るところや、普通なら地面は茶色とか緑なのにピンクだったり、木が青色だったりするところ。そういった部分にスゴク影響を受けたそうです。
恐らく影響を受けたであろうイラスト。
ジョジョ第四部は絵だけ見て「ツッパリ不良マンガ」のイメージと間違えられないようにと、いろいろと気を遣っている。この絵では黄土色の空と黒い雲、ピンクの地面が普通ではないので奇妙な感じが出てうまくいったと思う。(JOJO-A-GO!GO!DISC3より
)
そういう感覚だったために、アニメ化(OVA)された時にアニメーターから受けた「すいません、承太郎って何色なんですか?」という質問に戸惑ったそう。(このエピソードってどこかで聞いたことがあるのですが、全然思い出せません。一体どこで…?)。荒木先生にはそういう概念がなく、学生服をピンクにしたら、背景はそれが映えるように水色にするとか、ピンクもただピンクにするんじゃなくて、パワーのあるピンクにするとか、計算して塗っている、とのこと。これらを80年代に研究して取り組んだ事と、西洋美術の陰影法(影をつけて立体感 を出す)を取り入れたり、古典的な絵画、彫刻とか見ながら、ポーズを取ったりしていた事などを組み合わせて個性を作り出していったのが、ジョジョの絵というものだそうです。
ちなみに当時のマンガでスゴイ画期的だと思っていたのが、車田正美先生の「リングにかけろ」(と言って「ギャラクティカファントム」の絵をスクリーンに映す荒木先生)。これを荒木先生はスゴク評価されていて、パッと見て車田先生ってわかるところと、ストーリーが極端にシンプル化、単純化していくっていうのが、どこまで極限に単純化していくかっていうのが、(後にも言われていますが)マンガ史において超スゴイことなのだそうです。
【マンガ家には地図が必要だ…荒野を渡りきる心の中の地図がな…】
ガサガサとなにやら表のようなものをスクリーンに映し出す荒木先生。このとき映し出された図を、自分で取ったメモと、他サイトのレポートとの情報を合わせて作ってみました。(青字は少年ジャンプ掲載作品、緑は集英社出版にわけてみたのですが、ところどころ間違ってますw。コブラと遊戯王はジャンプですね。。。よく調べてないので他にもあるかも。)
荒木先生曰く、これは「自分のマンガがどこにいるかっていうのを見る地図」とのこと。
自分の位置がわからないと、あっちいったりこっちにいったりして迷ってしまう。漫画家になったけど、何を描きたいんだろうなとか。編集部の人に、何を描いたらいいんですか、って逆に聞く漫画家がいたりする。そういうふうになっちゃう。だから自分はどこにいるのか、こういう地図で確認するのが大切だ、と荒木先生は考えているそうです。以下、詳細を荒木先生のコメントと共に紹介してみます。
<ジョジョはどのへん?>
ジョジョは古典的な手法で描こうとして、ストーリー性の方に強い。主人公の運命とかを描こうとしてるので、こっちの方かなと僕は考えてるんですね。
<表現・物語の単純化>
当時スゲエなって思ったのが、「リングにかけろ」と「キャプテン翼」が極端に劇画を単純化してって、ストーリーとかも、かなり単純な方向にもっていくから、かなりね、マンガ史においては超スゴイ傑作だと思う。
<正統派ストーリー>
逆にね、このへんはオーソドックス。「バガボンド」とか「ろくでなし(ブルース)」が正攻法ですよね。うん。
<デザインと内面の追求>
「ハチミツとクローバー」や「ワンピース」というのは、キャラの内面を売りながらデザインとか超優れてて傑作ですよね。
こういうのを漫画家を目指す人って言うのはやらなきゃいけない、と荒木先生は言います。先生自身は古典的な手法でリアリティとかを作ろうとした結果、ジョジョはこういう位置にいると。
そして、子供の頃から”謎”に興味があったそうです。だからマンガを描くにも、その”謎”をテーマに描いていこう。なんでなんだ。その人はなんでなんだ。なんでゴーギャンはタヒチに行ったんだ。謎って言うかサスペンス。そういうのをテーマに据えることが、自分のマンガの位置や方向性といったものを明確に出せるのかもしれませんね。
【見えないもの、”エネルギー”を描く! 波紋&スタンドの誕生】
当時の超能力の描写というのは、ピカッって光って人を倒すとか、ウンッって念じて石が割れるという表現方法だったそうです。それに対し荒木先生は、「超能力って一体なんなんだろうな」と考え、エネルギーそのものを絵で描きたい、それはどうすればいいのかを考えたと言います。そこで、「波みたいなのでいこうかな」と考え付いたのが『波紋』。波は水面だけだけど、エネルギーだから鉄とか石みたいな固いものでも伝わっていくようにしたのがスゴイですね。
その次に、「2部が終わりそうだし、新しい必殺技を出さなきゃダメだよ」って編集部に言われて考えた(笑)のが、お馴染み『スタンド』。最初は、守護霊みたいなのが出てきて(岩を)割りに行けばいいじゃないか、っていうところから出た発想だそうです(笑)。
ストーリー上では部ごとに分かれていても、連載上ではまったくのインターバルなし。キャラクターもいないッスよ!と荒木先生がボヤくほどの逼迫状況。スタンドの概念は当時の編集部にも「そんなのわかんねーなー」という感じですんなり受け入れられるものではなかったそうですが、追い詰められていたので「そういう概念」ってことで発進w。キャラクターは「血統」という本筋があったので比較的楽に決まったのですが、もう一つの問題がストーリー展開。その頃流行っていたのがピラミッド方式のトーナメント的な闘い方のストーリー進行。しかしこれはバブル経済と同じで、頂点まで行ったら崩壊するんじゃないか、無限に行ける訳ないじゃないかっていう疑問があったそうな。そこでロールプレイングやスゴロクみたいに、その場その場で闘っていくことにしたのが、旅行形式の第3部だったそうです。
代表的ピラミッド形式。
(集英社 オモ!no.1より引用)
【まとめ ジョジョの奇妙な冒険の構成】
ストーリー構成はサスペンスが主題で、古典的な手法を取り入れている。スタンドはファンタジーだけど、リアリティを追求し、心の中のパワーの表現をテーマに描いている。それがジョジョの奇妙な冒険!